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プレッシャー。

今、結社に送る短歌を考えています。「未発表」というプレッシャー。

表現するなかで、
「どこかにある比喩ではないか」「誰かの作品に酷似していないか」という恐怖が常にあります。
名前をつけて発表したあとに、同じような情景を詠んでいる短歌に出会い青ざめた事も。

でも、無意識のなかでは誰にでもあり得ることなのだと思います。ある方の本を読んでいて思ったのは、
「誰かの作品・言葉をそのまま自分のものとしてしまった過失」に気づいた時、どう対応するかが大事なのだと。
無意識レベルであれば、謝るべきことは謝り、同じような短歌が既にあったのだとしても、
その時点で、自分本来の表現であったならば、ちゃんとそれを説明する。そしてその後の対処。

一番いけないのは誤魔化してしまう事だと思います。
上の句・下の句全部とか、そういうのはありえない。
名言・格言・文学からの比喩表現を組み入れるというのも、よっぽどのことが無い限り避けたい。

ただ、「響き合う」という事は、大切にしたい。
よい短歌や詩的な言葉と向き合ったとき、自分のなかにうまれたもの。
同じような情景を自分はどんな風に表現するのか。そんなところを大切にしてゆきたい。

詩歌の歴史の認知具合、読書量なども問われそうな気がしますが、
どう頑張っても、身の回りのことばたち全てを管理できない。
そういう時、編集人、短歌友達、先輩後輩などがフォローしあえるといいなと思います。
だけども実際、それが出来ることはめったにないです。
自身も、詠む時、読む時、「どこかで見た表現だけど・・・」。
「なにかひっかかる気がするけど・・・」で、流れていってしまう。
ただ、周りはちゃんと見ている。もし、あまりにもそうゆう事が目に余るようだったら、
ぜひとも教えて欲しい。(できればひっそり。まずは心の準備が必要なので)。
私は自分自身の表現を探してゆきたいし、
読み手としてもその人独自の世界がみたい。

もし、私にそうゆう事を教えて下さる方がいるのだとしたら、
その方は私を「育てよう」と思っているのだと、大変感謝する。
本当に、それを言うのは大変なことだと、知っているから。

一首ニ首でそのひとの歌全部を判断することはないです。されたくないし。
作品群で姿勢は見えてくるのだと思います。



…兎に角ちょっと、肩のちからをぬいてー、出来ることから少しづつ積み上げてゆこう。
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by nnote | 2010-01-28 11:13 | 日日雑記
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