カテゴリ:日日雑記( 97 )

芽。

和室の飾り棚に半分忘れ去っていた、お正月の花。
木瓜と金色の枝に、きみどりいろの新芽が出ていた。

金色の枝は、やなぎだったのかな。
スプレーでこってり金きらにされていたのに、
ちゃんと芽吹いている。


薄暗く誰も入らない、殆んど開かずの間の和室。
こんな所でもひっそりと確実に、季節が動いている。




金色に塗られた枝を芽吹かせて(わたしのいろはわたしがきめる)
[PR]
by nnote | 2010-02-04 08:33 | 日日雑記

映画館。

先々週だったかな、「かいじゅうたちのいるところ」、観に行って来ました。
絵本が好き過ぎるので、どうかなと思ったけれど、それなりに楽しめました。
かいじゅうがよくできていた。吹替で、永作博美さんが声優をやっていたのだけど、
味のある、いい声だなあ。と、思った。

日曜日は、「ラブリーボーン」を観に。
これは、久々にヒット! 「つぐない」に出ていた女の子が主演だったのだけど、
本当によかった!音楽も映像も素敵だった。じわじわ痛くて儚い、美しいお話。



近所にシネマコンプレックスが出来て、買い物ついでに寄ることが出来るようになった。
ぶらり、ゆっくり、じっくり。映画館が好きだなあ、と、思う。



スクリーンにほどけゆくもの春の海
[PR]
by nnote | 2010-02-03 08:14 | 日日雑記

変る。

妹の友人が結婚する。式に来て行く服を見てほしい、という事で一緒に街へ。

私自身も、料理教室・旅行など、一緒に行った仲良しの子。
うつくしい苗字がなくなるのだなあ、と、ふと思う。






月の字の在る名よぶ日の終わること朧になりゆく後姿に
[PR]
by nnote | 2010-02-01 08:04 | 日日雑記

純粋につぶやく。

今日もいい天気です。
なんとなく、春の気配。

冬の季語より、春の季語。
もうすこし色々とかける気がする。



それから、補足。

私自身の短歌や俳句に、
誰かの作品が似ているとか思った事は、
今まで一度もない。


みんな自由に表現すればいいと思う。
自分なりの線引きを持って。



ばらばらの紙片を接げばうまれるわたし抜けたピースはあなたの右目
[PR]
by nnote | 2010-01-30 13:10 | 日日雑記

プレッシャー。

今、結社に送る短歌を考えています。「未発表」というプレッシャー。

表現するなかで、
「どこかにある比喩ではないか」「誰かの作品に酷似していないか」という恐怖が常にあります。
名前をつけて発表したあとに、同じような情景を詠んでいる短歌に出会い青ざめた事も。

でも、無意識のなかでは誰にでもあり得ることなのだと思います。ある方の本を読んでいて思ったのは、
「誰かの作品・言葉をそのまま自分のものとしてしまった過失」に気づいた時、どう対応するかが大事なのだと。
無意識レベルであれば、謝るべきことは謝り、同じような短歌が既にあったのだとしても、
その時点で、自分本来の表現であったならば、ちゃんとそれを説明する。そしてその後の対処。

一番いけないのは誤魔化してしまう事だと思います。
上の句・下の句全部とか、そういうのはありえない。
名言・格言・文学からの比喩表現を組み入れるというのも、よっぽどのことが無い限り避けたい。

ただ、「響き合う」という事は、大切にしたい。
よい短歌や詩的な言葉と向き合ったとき、自分のなかにうまれたもの。
同じような情景を自分はどんな風に表現するのか。そんなところを大切にしてゆきたい。

詩歌の歴史の認知具合、読書量なども問われそうな気がしますが、
どう頑張っても、身の回りのことばたち全てを管理できない。
そういう時、編集人、短歌友達、先輩後輩などがフォローしあえるといいなと思います。
だけども実際、それが出来ることはめったにないです。
自身も、詠む時、読む時、「どこかで見た表現だけど・・・」。
「なにかひっかかる気がするけど・・・」で、流れていってしまう。
ただ、周りはちゃんと見ている。もし、あまりにもそうゆう事が目に余るようだったら、
ぜひとも教えて欲しい。(できればひっそり。まずは心の準備が必要なので)。
私は自分自身の表現を探してゆきたいし、
読み手としてもその人独自の世界がみたい。

もし、私にそうゆう事を教えて下さる方がいるのだとしたら、
その方は私を「育てよう」と思っているのだと、大変感謝する。
本当に、それを言うのは大変なことだと、知っているから。

一首ニ首でそのひとの歌全部を判断することはないです。されたくないし。
作品群で姿勢は見えてくるのだと思います。



…兎に角ちょっと、肩のちからをぬいてー、出来ることから少しづつ積み上げてゆこう。
[PR]
by nnote | 2010-01-28 11:13 | 日日雑記

あああ。

忙しい。

どどーっと仕事がなだれ込んで、
どどどーっと処理している。
そういう時はこころがざらざらする。
短歌もうかばない。

気分転換に読書を。

乙一さんの短編集『zoo』と小川糸さんの『食堂かたつむり』を読んだ。
『zoo』は映画化もされていたんだ。怖くて不思議。面白かったー。
短編という所も、精神的に耐えられる。
『食堂・・』は、底から夢を叶えてゆく過程。わくわくしたなあ。
食べものの描写がていねい。おいしそうでたのしそう。
他の本も読みたい。

twitter、俳句のつながりがじわじわと。
タイムラインに俳句がのってくるのって、
いいなあ、と、しみじみ。
[PR]
by nnote | 2010-01-27 19:00 | 日日雑記

しつおんよんど。

朝起きたら、室温は4度だった。
まだまだ下がる気がする。

寒いのは嫌だけれど、
冬に好きなものはいくつかある。
毛布、朝焼け、霜柱、雪、
やかん、珈琲。(一年中か)

お正月明けののんびりした空気も、
そろそろおしまい。
どっと仕事が入る。

女の子たちのおしゃべりがきらきらしている。
やさしいひとのおはようがきこえる。

そんな冬の朝。
[PR]
by nnote | 2010-01-14 22:21 | 日日雑記

冬の俳句。


幻の花を浮かべる冬の庭

永遠を待つための椅子冬銀河

若冲の虫棲む背骨寒の月

寒椿きょうきと書けば赤い滲み

自らを赦す日が来る寒椿

凍蝶のかすかにのこすいたみかな

寒昴おなじ地平に佇つ我等

祝福の空に届ける冬薔薇

詩はひらく篝火花のある窓辺

幾度も背いた過去に雪時雨

冬野原漂い消える言葉かな

ほつほつと正論ほどけゆき冬野
[PR]
by nnote | 2010-01-12 23:38 | 日日雑記

共鳴。

人は言葉によって癒されたり、つながることができるけれども、
同時に傷つけたり、つながりをきってしまうこともある。

私は前者でありたいと願いつつ、
後者の要素が強いのだと思う。

言葉で応戦、ということをしたくない。
が、結果、ゆれるままにできたものは、そういう類なのかもしれない。

たとえば。揶揄は揶揄をよぶだけだ。

短歌も俳句も書くもの全て。
虚実とりまぜて私であるけれども、
いままで、実感とか覚悟というものが、
なかった。


「書く」ことをする全ての人に言いたいのは。
傷ついた分だけ、人を傷つけていい、なんて事はない。
不快に思った分だけ、人を不快にしていい、なんて事はない。
「批評」という、聖域のような言葉が持つ、あやうさを知らなければならない。

自戒をこめて。




全てを超えて、共鳴、できたらいいな。

そして、軽やかで機知にとんだ言葉を、いつか持つことができたらいいな。



ネット上に落ちている、人格批判、誹謗中傷、揶揄、皮肉、悪意のあることばなど、
大小さまざまについて、私の考えを書いてみました。

[PR]
by nnote | 2010-01-11 08:25 | 日日雑記

遺作。

今日、NHKのお昼の番組にアラーキーが出ていた。
最近のことはあまり知らないけれど、
前立腺ガンだったのだそう。

ごはんを食べながら音も途切れ途切れで、
内容についてはしっかり把握していないけれど、
顔はつやつやだったし、随分と元気な感じに見えた。
69歳だという。

数年前、本屋の立ち読みで『愛情生活』を読んでから好きになった。
アラーキーが、というより奥様の陽子さんが。
アングルとかその他専門的な技法は知らないけれど、
アラーキーの目で見たひとたちはとてもいとおしい。


曇り空に「死」と大きく書かれた写真が
テレビの画面に。
ぐわーんと持って行かれた。



「空に何かを描いて「もうひとつの私の空」を創るっていう気分もあった ... 死のことを思うと生のことも思うようになるね。
どっちかが重くなると、もう片方も重くなる。
死の予感が来ると生の欲望が出てくるんだよ、生欲が。
この本は俺の「遺作」だけど、もしかしたら、ここで終わりじゃなくて、ここから生が始まるのかもしれない。」



『遺作 空2』という写真集の件。
ぜひ、見たい。


-arakinobuyoshi.com-
[PR]
by nnote | 2009-12-11 21:02 | 日日雑記