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純粋につぶやく。

今日もいい天気です。
なんとなく、春の気配。

冬の季語より、春の季語。
もうすこし色々とかける気がする。



それから、補足。

私自身の短歌や俳句に、
誰かの作品が似ているとか思った事は、
今まで一度もない。


みんな自由に表現すればいいと思う。
自分なりの線引きを持って。



ばらばらの紙片を接げばうまれるわたし抜けたピースはあなたの右目
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by nnote | 2010-01-30 13:10 | 日日雑記

プレッシャー。

今、結社に送る短歌を考えています。「未発表」というプレッシャー。

表現するなかで、
「どこかにある比喩ではないか」「誰かの作品に酷似していないか」という恐怖が常にあります。
名前をつけて発表したあとに、同じような情景を詠んでいる短歌に出会い青ざめた事も。

でも、無意識のなかでは誰にでもあり得ることなのだと思います。ある方の本を読んでいて思ったのは、
「誰かの作品・言葉をそのまま自分のものとしてしまった過失」に気づいた時、どう対応するかが大事なのだと。
無意識レベルであれば、謝るべきことは謝り、同じような短歌が既にあったのだとしても、
その時点で、自分本来の表現であったならば、ちゃんとそれを説明する。そしてその後の対処。

一番いけないのは誤魔化してしまう事だと思います。
上の句・下の句全部とか、そういうのはありえない。
名言・格言・文学からの比喩表現を組み入れるというのも、よっぽどのことが無い限り避けたい。

ただ、「響き合う」という事は、大切にしたい。
よい短歌や詩的な言葉と向き合ったとき、自分のなかにうまれたもの。
同じような情景を自分はどんな風に表現するのか。そんなところを大切にしてゆきたい。

詩歌の歴史の認知具合、読書量なども問われそうな気がしますが、
どう頑張っても、身の回りのことばたち全てを管理できない。
そういう時、編集人、短歌友達、先輩後輩などがフォローしあえるといいなと思います。
だけども実際、それが出来ることはめったにないです。
自身も、詠む時、読む時、「どこかで見た表現だけど・・・」。
「なにかひっかかる気がするけど・・・」で、流れていってしまう。
ただ、周りはちゃんと見ている。もし、あまりにもそうゆう事が目に余るようだったら、
ぜひとも教えて欲しい。(できればひっそり。まずは心の準備が必要なので)。
私は自分自身の表現を探してゆきたいし、
読み手としてもその人独自の世界がみたい。

もし、私にそうゆう事を教えて下さる方がいるのだとしたら、
その方は私を「育てよう」と思っているのだと、大変感謝する。
本当に、それを言うのは大変なことだと、知っているから。

一首ニ首でそのひとの歌全部を判断することはないです。されたくないし。
作品群で姿勢は見えてくるのだと思います。



…兎に角ちょっと、肩のちからをぬいてー、出来ることから少しづつ積み上げてゆこう。
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by nnote | 2010-01-28 11:13 | 日日雑記

あああ。

忙しい。

どどーっと仕事がなだれ込んで、
どどどーっと処理している。
そういう時はこころがざらざらする。
短歌もうかばない。

気分転換に読書を。

乙一さんの短編集『zoo』と小川糸さんの『食堂かたつむり』を読んだ。
『zoo』は映画化もされていたんだ。怖くて不思議。面白かったー。
短編という所も、精神的に耐えられる。
『食堂・・』は、底から夢を叶えてゆく過程。わくわくしたなあ。
食べものの描写がていねい。おいしそうでたのしそう。
他の本も読みたい。

twitter、俳句のつながりがじわじわと。
タイムラインに俳句がのってくるのって、
いいなあ、と、しみじみ。
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by nnote | 2010-01-27 19:00 | 日日雑記

しつおんよんど。

朝起きたら、室温は4度だった。
まだまだ下がる気がする。

寒いのは嫌だけれど、
冬に好きなものはいくつかある。
毛布、朝焼け、霜柱、雪、
やかん、珈琲。(一年中か)

お正月明けののんびりした空気も、
そろそろおしまい。
どっと仕事が入る。

女の子たちのおしゃべりがきらきらしている。
やさしいひとのおはようがきこえる。

そんな冬の朝。
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by nnote | 2010-01-14 22:21 | 日日雑記

冬の俳句。


幻の花を浮かべる冬の庭

永遠を待つための椅子冬銀河

若冲の虫棲む背骨寒の月

寒椿きょうきと書けば赤い滲み

自らを赦す日が来る寒椿

凍蝶のかすかにのこすいたみかな

寒昴おなじ地平に佇つ我等

祝福の空に届ける冬薔薇

詩はひらく篝火花のある窓辺

幾度も背いた過去に雪時雨

冬野原漂い消える言葉かな

ほつほつと正論ほどけゆき冬野
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by nnote | 2010-01-12 23:38 | 日日雑記

共鳴。

人は言葉によって癒されたり、つながることができるけれども、
同時に傷つけたり、つながりをきってしまうこともある。

私は前者でありたいと願いつつ、
後者の要素が強いのだと思う。

言葉で応戦、ということをしたくない。
が、結果、ゆれるままにできたものは、そういう類なのかもしれない。

たとえば。揶揄は揶揄をよぶだけだ。

短歌も俳句も書くもの全て。
虚実とりまぜて私であるけれども、
いままで、実感とか覚悟というものが、
なかった。


「書く」ことをする全ての人に言いたいのは。
傷ついた分だけ、人を傷つけていい、なんて事はない。
不快に思った分だけ、人を不快にしていい、なんて事はない。
「批評」という、聖域のような言葉が持つ、あやうさを知らなければならない。

自戒をこめて。




全てを超えて、共鳴、できたらいいな。

そして、軽やかで機知にとんだ言葉を、いつか持つことができたらいいな。



ネット上に落ちている、人格批判、誹謗中傷、揶揄、皮肉、悪意のあることばなど、
大小さまざまについて、私の考えを書いてみました。

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by nnote | 2010-01-11 08:25 | 日日雑記